認知行動療法(CBT)とは
認知とは、「物事の捉え方」や「考え方のクセ」のことです。例えば、同じように上司に注意されたときに、「自分はダメな人間だ」と感じる人もいれば、「次は気をつけよう」と前向きに捉える人もいます。こうした認知の違いが、感じるストレスの大きさや行動に影響を与えます。
認知行動療法では、こうした偏った考え方や不適切な行動パターンを見直し、バランスを整えてストレスを軽減していきます。
この療法は、うつ病やパニック障害、PTSDなどの治療に広く用いられています。
認知療法
認知療法は、偏った認識を見直し、柔軟な思考を育む方法です。例えば、うつ病の方は物事をネガティブに捉える傾向があります。セラピストと対話したり、考えを書き出したりすることで、自分の思考の歪みを客観的に見直し、適応的な考えに変えていきます。
行動療法
行動療法は、行動上の問題に焦点を当て、適切な行動を通じて問題を解決するアプローチです。例えば、パニック障害の方が電車に乗れない恐怖を感じている場合、セラピストと共に駅に足を運んだり、各駅停車に乗る練習をすることで、恐怖を克服します。この方法は「曝露療法」と呼ばれています。
認知療法と行動療法は、別々に進化してきましたが、次第にお互いに関連していることが明らかになり、1980年代以降、これらを組み合わせた「認知行動療法」として広く知られるようになりました。
認知行動療法が向いている人・向いていない人
向いている人
- 自己と向き合いたい人
- 生活や将来を変えたいと願っている人
- 好奇心があり、メモや記録が得意な人
認知行動療法では、自己と向き合い、思考や行動の変化に取り組む必要があります。したがって、「状況を改善したい」「将来の生活に変化をもたらしたい」という変化への関心が強い方に適したアプローチです。また、好奇心が旺盛な方、積極的にチャレンジしたい方、メモを取ることが好きな方にも向いている傾向があります。
向いていない人
認知行動療法はすべての人に適しているわけではありません。以下に、認知行動療法が向いていない方の特徴を紹介いたします。
症状が著しい状態にいる人
不安や憂鬱などの症状が著しく現れている方には、すぐに認知行動療法に取り組むことが難しい場合があります。認知行動療法は、患者様ご自身が冷静に現在の課題に向き合い、思考や物事の捉え方を整理していく治療法です。そのため、症状が非常に重い段階では、出来事の捉え方が大きく歪んだり、治療そのものが大きな負担になったりする可能性があります。
また、治療は対話を通じて進めていくため、強い疲労感や気力の低下があると、治療効果を十分に感じにくいこともあります。
ただし、これは「認知行動療法ができない」という意味ではありません。
症状が安定してきたタイミングで、薬物療法や休息、支援体制のもとで心身を整えた後に、段階的に認知行動療法に取り組むケースが多くあります。
そのため、「今はまだ難しい」と感じる状態でも、適切なサポートを受けながら、将来的に有効な選択肢の一つとして検討できることを忘れないでください。
治療に対して意欲的ではない人
認知行動療法は、患者様ご自身が「回復したい」「改善したい」という意欲を持って取り組むことが、効果を高める治療法です。そのため、現時点で治療に対して前向きになれない方や、「自分の問題ではない」「現状に特に不満はない」といった受け止め方をされている場合には、治療の効果を実感しにくいことがあります。
苦痛だった思い出を避けたい人
過去の辛い経験や嫌な出来事に触れることに強い抵抗を感じる場合、認知行動療法にすぐに取り組むことが難しいと感じることもあります。認知行動療法では、現在の考え方や行動に影響を与えている過去の出来事や感情と向き合う場面があるため、これが感情的な負担になることも少なくありません。この過程は治療効果を得るために避けて通れないケースもあります。ただし、無理に向き合う必要はなく、本人の準備が整ってから、段階的に進めていくことも可能です。
過去を思い出すことに強い苦痛を感じる場合には、治療の進め方を工夫したり、まずは安心できる関係性を築くことから始めたりすることが大切です。
環境的に実施が困難
認知行動療法を行う上で、患者様を取り巻く環境が大きな影響を及ぼすことがあります。たとえば、ハラスメントや犯罪被害、法的な問題が進行中である場合、これらの環境が治療に影響を与える可能性があります。このような場合には、まず何よりも患者様の安全を確保することが最優先です。
ここでいう「安全の確保」とは、警察や専門支援機関への相談による身の保護、弁護士や相談窓口を通じた法的対応の準備、そして安心できる生活環境の確保などが含まれます。治療を開始する前に、こうした基本的な安全・安定の土台を整えることが重要です。
認知行動療法が効果的な疾患一覧
- うつ病
- パニック障害・不安障害
- 全般性不安障害
- 社交不安障害
- 強迫性障害(OCD)
- PTSD
- 依存症(アルコール・薬物・ギャンブルなど)
- 睡眠障害
- 適応障害
- 双極性障害
認知行動療法は、個別の症状に合わせて柔軟に治療アプローチが調整されるため、疾患だけでなく、ストレスや自己肯定感の低下、日常生活での課題にも役立つ場合があります。適応可能な疾患の範囲は広いため、治療を進める際は専門医や心理カウンセラーと相談しながら実施することが重要です。
代表的な認知行動療法の種類
コラム法
コラム法は、ワークシートに出来事、その際の感情、適応的な思考を記入することで、自己の認知パターンに気づき、心のバランスを整える認知療法の一つです。この方法は、思考の歪みに気づく手助けをし、適切な認知を育むために活用されます。コラムの数には、3コラム、5コラム、7コラムなどがあり、別名「カラム法」とも呼ばれます。
暴露療法(エクスポージャー法)
暴露療法は、患者が不安を感じる状況に段階的に暴露し、徐々にその不安に慣れていくことを目的とする行動療法の一つです。例えば、パニック障害の方が満員電車に乗ることに強い不安を抱えている場合、「駅に行く」「各駅停車に乗る」といった段階的なステップを踏んで不安の度合いを減らし、最終的にはその状況に慣れていくことを目指します。
セルフモニタリング法
セルフモニタリング法は、自分の行動や感情を記録する行動療法の一つです。患者は、夜の就寝時間や朝の起床時間、日々の行動内容、体調、気分などを手帳やワークシートに記録し、一定期間(1週間または1か月など)経過後に振り返ります。この方法によって、自分の体調や気分の変化の傾向を客観的に把握することができ、自己理解が深まります。それにより、適切な対策を講じることが可能となり、健康な体調と心の安定を促進することができます。
リラクセーション法
ストレスによって心身が緊張し、その状態が続くと自律神経の乱れや体調不良が生じることがあります。リラクセーション法は、こうした緊張をほぐし、ストレスを軽減または予防するための方法です。代表的な技法には、身体を意識的に緊張させた後に緩める「漸進的筋弛緩法」や、リラックスするための姿勢を整えて自己訓練を行う「自律訓練法」などがあります。これらの方法は、心身のリラクゼーションを促進し、ストレス管理に役立ちます。
認知行動療法の効果
余計な想像に惑わされず、物事を冷静に見られるようになる
認知の偏りは、自動思考が歪んでいる状態を指します。例えば、仕事の手伝いを頼まれた際、通常は「忙しいのかな」「人手が足りないのかな」といった軽い考え方になるところですが、認知の歪みがあると「こちらの仕事を妨害しようとしているのでは」「自分に仕事を押し付けようとしているのでは」と、否定的に解釈してしまいます。このような思考のノイズが続くと、認知の偏りが悪化し、日常生活に支障をきたします。認知行動療法では、無意識に働く自動的な思考の歪みを明確にし、そのノイズを少しずつ取り除くことで、治療終了時には物事を冷静に捉えることができるようになることを目指します。
ポジティブに行動できるようになる
根拠のない決めつけや極端な思考に陥ると、冷静さを保ちにくくなり、否定的な思考にとらわれやすくなります。学校や仕事でのストレスが積み重なると、最終的には精神疾患を引き起こすリスクもあります。認知行動療法を通じて、否定的な自動思考を少しずつ修正することで、物事を客観的に捉え、前向きな行動へと繋がります。
ストレスを軽減し、精神疾患を改善する
認知行動療法は、患者自らが不安や恐れに対処し、段階的に認識を修正していく治療法です。この過程を通じて心の改善が進むと、日常生活でのストレスが軽減され、不眠症や摂食障害、社交不安障害など、思考に影響される精神疾患の改善が期待できます。
精神のバランスが整い、精神疾患を予防する効果がある
認知に歪みがあると、感情や行動がネガティブになり、ストレスが心身に大きな負担をかけます。初期の段階では「少し消極的な性格」や「気にしやすい性格」といった特徴でも、そのまま放置すると、うつ病などの精神疾患に繋がる恐れがあります。認知行動療法を早期に導入することで、心の調和を整え、症状の悪化を防ぐ効果が期待できます。
精神疾患の再発を予防する効果がある
うつ病やパニック障害などは再発リスクが高い疾患です。抗うつ薬などの医薬品療法で症状が改善しても、投薬を中止すると再発のリスクが残ります。一方、認知行動療法は数ヶ月かけて心の調和を整える治療法であり、治療を通じて患者は自分の心や不安と向き合う方法を学びます。薬物治療とは異なり、副作用のリスクがなく、回復後の再発率が低いという利点もあります。
認知行動療法のやり方
認知行動療法では、医師やカウンセラーなどとの間で、通常30分以上かけて16〜20回にわたるセッションを行うことが一般的であり、以下のプロセスに従って進められます。通常、このプログラムは約3ヶ月要すると言われています。
- 自身のストレスに気づき、問題を整理する。
- 問題がどのような状況で発生し、どのような感情を引き起こしているのかを整理する
- その後、自己の感情や行動において、どのように影響しているかを探る
- 自動思考の特徴について気付く。
- 自己の自動思考と現実とのずれに焦点を当て、実際の状況に即した視点に変える訓練を行う。
- 問題の解決方法、人間関係を改善する方法に取り組むトレーニングを行う
プログラムでは、面談だけでなく、自己で取り組む「ホームワーク」も並行して行います。ホームワークは、前回の面談で話した内容を踏まえて、次回の面談までにチャレンジする課題です。
認知行動療法を受ける流れ
医師やカウンセラーへの相談
認知行動療法にはさまざまな種類があり、症状に最適な方法を選ぶことが大切です。まずは、通院している病院で認知行動療法が実施されているかを確認し、主治医やカウンセラーに相談してみましょう。まだ診察を受けていない場合は、精神科や心療内科を予約する際に、認知行動療法の有無を確認しておくとよいでしょう。
面談を通じた治療
認知行動療法は、面談を通じて行います。個々の認知によってアプローチは異なるため、最初に医師やカウンセラーと一緒に問題を整理し、治療目標を設定します。その後、個別に適した療法が進められます。面談は通常30分~1時間程度で行われ、その中で療法を実施し、次回の面談までに自宅で行うホームワークに取り組むというサイクルが一般的です。
認知行動療法は時間をかけて進められることが一般的
患者様の状況や施設によって異なりますが、認知行動療法は通常、面談16~20回を3ヶ月以上かけて行うことが多いです。また、認知行動療法は一度きりで終わるものではなく、認知を変えていくためには継続的な取り組みが必要です。
費用について
認知行動療法にはさまざまなケースがあります。特定の疾患に関しては、厚生労働省のガイドラインに基づいて健康保険が適用される場合もありますが、対象や基準は限定的で、実際には保険適用で受けられる医療機関は非常に限られています。当院では、認知行動療法はすべて自費診療(自由診療)で行っており、保険診療では実施しておりません。そのため、費用を含めた治療計画を事前にご確認いただくことをおすすめします。また、認知行動療法を提供している他の医療機関でも、制度の利用状況や費用体系は異なりますので、受診前に医療機関へ直接お問い合わせいただくか、主治医にご相談いただくと安心です。